津田美智代の芯体操 Shin Experiences

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2017年10月号

生きるということ            芯体操代表 津田美智子

「職業に貴賤(きせん)あらず」と嘘を言うな耐え苦しみて吾(われ)は働く

 歌人石田比呂志の短歌です。1930年に福岡県で生まれ、11年に80歳で死去しました。少年時代から職を転々とし、流浪の半生に歌を命に生きたと言います。
 日曜日の朝、読売新聞の「名言巡礼」を読もうとしたらいきなりこの歌が目に飛び込んできました。石川啄木の「一握(いちあく)の砂」に出会って歌人を目指し18歳で上京したが、夢破れて帰郷しました。その後も作歌を続け、再び上京してこの歌が生れました。「小心記」30首の一連にあります。
 「青年時代、一番苦労して辛酸をなめた頃の歌。美しい建前に全身で抵抗した」と近しい人が語っています。時代もあったでしようが、このような激しい気持ちを持ち続けた人生は如何なるものであったか、今となっては想像を絶する心境であったのでしょうか。
 私は、身体の異変を受け止め死ぬ苦しみを何度となく体験していますが、「芯体操」を生み出すことで自分の生きる道を与えられました。そのおかげでしょうか、「耐え苦しみて吾は働く」という切羽詰まった状態にはならなかったのです。
 多感な十代を、戦争や貧しさの中で生きなければならなかった彼のような生き方をしてきた人は実に多くいるだろうと思えます。
 貴重な体験者である、今の高齢者の方達には多くの事を語り継いでほしいと思います。という私もそろそろその仲間入りかと思いますが、有り難いことには、確かに凄まじい闘いであり、悲壮感いっぱいであったのにも拘らず、いつも夢と希望を持ち続けられたということです。
 この大変な身体を抱えながらも、レッスンにでるとエネルギーが溢れ、みなさんと一緒に動けることが楽しく、大きな幸せに包まれて今日という日を一日ずつ精一杯生きてきました。
もしも、私に語ることがあるとすれば、苦しく辛いことがあっても一生懸命、前向きに歩めば必ず道が開かれるということです。その一日を終える度に私は心の中の神さまに感謝のお祈りをします。その神さまは宗教とは関係なく、私の心の中にあります。私を見守ってくれる大きな愛の力を感じるのです。
 その全てのことに感謝の気持ちが生れてくるのです。そしてその愛と感謝の気持ちを今出会っている方達にさしあげたいと思っています。不思議ですね。そういう思いで生きていますと、またそれを求める方との新しい出会いが生れます。それによって、私は今日という一日を生きていると思えるのです。

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生涯青春をめざします            藤阪教室 池田美智子

 私は前から友人に背中を叩かれ「姿勢が悪い、猫背」と指摘されていました。それに14年前には子宮体癌を患い手術しました。その後遺症で左足リンパ浮腫が残り、足はいつも腫れて、重い足を引きずるように歩いていました。昼間はドイツ製の弾性ストッキングを履き、夜は包帯でバンテージをして寝る毎日です。痛くはないので「命が助かった、これぐらいは仕方がない」と諦めていました。
 以前は私と同じように背中が丸くなってきているなぁ(ゴメンナサイ)と思っていた先輩に久しぶりに会うと先輩の背中、容姿があまりにも美しく若々しくなられていたのでびっくりしました。早速、紹介していただいたのが芯体操との出会いでした。私一人だと、さぼったり休んだり続ける自信がないので友人もお誘いし二人で見学させていただきました。
 私の知っている健康体操とは全く違い驚きました。今までアキレス腱や膝裏など伸ばしたこともなく、意識したことすらありませんでした。すぐに入会させていただきました。先生には手取り足取りで優しく指導していただき、教室の皆さんにも親切にしていただき、あっという間に4か月たちました。
 今ではお腹、背中と自分の姿勢に意識を持てるようになりました。腫れていた足もアキレス腱が見えるようになり、ずい分楽になりました。歩き方も変わってきました。浮腫のため正座も出来ませんでしたが、少しずつできるようになりとても嬉しいです。 まだまだ出来ない事の方が多いのですが、自分の身体にとって最高の体操に巡り合えた喜びと感謝でいっぱいです。
 これからの人生の目標ができました。友人と二人ではつらつ。背中ピーン、歩き方も颯爽と。見た目も若々しい姿で生涯青春をめざします。ありがとうございました!

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