津田美智代の芯体操 Shin Experiences

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2020年9月号

母から学んだこと             芯体操代表 津田美智子


                     

 2020年9月1日(火)午後2時7分、母は静かに旅立ちました。部屋に入った途端に、私の目に心電図の細かい波状の線が飛び込んできました。「あっ!今、心臓が止まったところ!今までおばあちゃん、待っていたよ!」という声に、母の顔に近づいて「おばあちゃん!来たよ」と語りかけました。とても穏やかなお顔に思わず頬ずりをしたら、今にも目を開けて応えてくれそうでした。
 母は、2011年に父が他界してから一人住まいしていましたが、2015年に姉夫婦と同居、2017年4月に骨折、自宅復帰を目標に手術後『老健』でリハビリを続け、何度か入退院しながら現在に至っていました。コロナ禍が始まってからは、自宅よりも安全ということで、毎週日曜日には会いに行っていました。「いつ、帰れるの?」という返答は、「コロナが無くなったらね」という状況に変わってしまいましたが、大好きな甘いものも持って行けなくなり最近はリモート(遠隔操作)で、映像からの話しかけになっていました。母の笑顔にこちらが元気づけられながら、来週も会えるのを楽しみにしていた矢先でした。前日に夕食をしっかり食べ、翌朝目覚めることなく、今年96歳になる「大往生」でした。 死亡原因→老衰(すばらしい!)
 母の生涯は戦中、戦後色々な思いがあれど、私から見れば、母はゆったりした、悪口を言わないで、いつも周りの人を温かくする人でした。マッサージをすれば、「ああ、気持ちいい。疲れるからもういいよ。ありがとう」と労(ねぎら)ってくれます。そんな姿から、感謝の気持ちを教えてもらいました。塩昆布、梅干しやお野菜の煮物など、ご馳走ではなく当たり前の和食に母のエネルギーを感じて育ちました。
 芯体操に参加したこともあります。自然に溶け込む姿から分け隔てなく愛情をもって人と接することを教えてくれました。手術も何回かしていますし、病名もついていますが、私のよく言う「歩けて元気なまま死ねるようにね!」という言葉を母は実践してくれました。最後まで立とうという気持ちから転倒して大腿骨折などもしていますが、歩けたら家に帰れるという気持ちを持ち続けていたと思います。「みんな、元気にしているか!また来てね」という母の笑顔と声が忘れられません。
 そして心臓が止まった瞬間、母の顔3pに私の顔を寄せて、その空気を共有しました。その世界は生きている私と共にとても居心地の良い空気でした。=ああ、死ぬことは怖くないね、おばあちゃんいつも一緒の世界に生きているよ=と話しかけました。苦しまないで死ぬことは本当に幸せなことなのだと教えられました。
 芯体操で伝えたいことは、からだも心も自由に楽に生きること・・・コロナから学んだ反省すべき多くのこと、情報過多の現代をもっとシンプルに心を尽くして生きなければならないということ、母は多くのことを残してくれました。
=心から愛しています。ありがとう!=

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『けん玉』                      経広順子

孫娘(小学2年生)とけん玉をして遊びました。
大中小のお皿に乗せる技はできるのですが、どうしても剣先に入れる技(とめけん)が出来ず、孫も私もあきらめていました。
ふとした瞬間、剣先から紐、玉が一本の芯になり、膝のクッションから肋骨が締まり引きあがり、同時にふわっと優しく真上に玉が上がった瞬間、引き込まれるように玉が剣先に刺さり、あきらめていたとめけんができ思わず歓声! ハイタッチ! 
  肋骨をしめ上げぶれない身体 膝の柔らかなクッションの使い方 芯体操で学んでいる身体の使い方がけん玉で感じられたことに感動でした。
  私のお株も上がったかと思ったのですが 孫にコツを教えてあげると凄い集中力と負けん気で帰るころには出来る様になり、喜んで帰っていきました。コロナで短い夏休みの思い出の一つになったようです。孫に負けないように色んな技に挑戦!

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長月に  

旧暦の9月9日は、ちょうよう重陽の節句と呼ばれ、平安時代には前日に菊の花を真綿でおおって菊の香を移し、その翌日の朝に露に湿ったこの真綿で顔や身体を拭って、若さと健康を保とうとする行事がありました。これを「菊の被綿(きせわた)」といいます。紫式部は、『紫式部集』にこんな歌を詠んでいます
菊の花 若ゆばかりに袖ふれて 花のあるじに 千代はゆづらむ
この日、紫式部は藤原道長の北の方から菊の被綿を贈られたのですが「(被綿の菊の露で身を拭えば、千年も寿命が延びるということですが、)私は若返る程度にちょっと袖を触れさせていただき、千年の寿命は、花の持ち主であられるあなた様にお譲り申しましょう。」とその被綿を丁寧にお返ししようとしたとのことです。
枕草子にも菊の被綿記述があり、平安時代を生きた清少納言と紫式部がどのような生活をして いたのかとても興味深いです。千年後の今を生きる私たちも模索しながらですが、歴史を紡いでいます。

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